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2007/06/02

「Toshiki Yagisawa Selection Ver.1.0」展

場所が分かりにくい
というか同じ番地を20分間徘徊してしまった

大江戸線の落合南長崎駅から道なりに進んで、セブンの手前の建物の3階
特に目立つ看板とかがないから注意とりあえずセブンの手前の建物の3階



6~7坪ほどのワンルームに6名のアーティストによる9つの作品が展示してある

アートアワード東京2007にも出展していた谷口真人氏の作品などもあり全体的に惹きつける魅力のある作品が多い

しばらく作品を見て回っていると、一人の男性が声を掛けてきた
彼の名前は八木沢俊樹
このギャラリーのキュレーターである

しばらくキュレーションがネットと結びつくことで創造される価値と、アーティストと出会えるキッカケが増えたという話で盛り上がる

確かに、この企画を知ったのもTabでのコメントの多さに興味を持ったという経緯があり、キッカケとしてウェブは大きな意味を持っている
個人が情報を発信するコストが無料になったことでバイラルは加速した
実際問題、彼が10年前に同じキュレーションをしたところでこれほどの大盛況は見せなかっただろう

本当にいい時代になったものだ

そして、やはり実際に作品と触れることのできる物理的な場というものの重要性も改めて感じさせられた
心の中にはウェブは万能だという感情があり、元手を要することなく新しい時代のキュレーションを確立することが出来ると考えていたが、実際の空間の持つエネルギーというものはやはり大きいし全てだ

ただ、八木沢さんのような、いち若者がギャラリーを持ち、集客を出来るようになっている事実もまたウェブの恩恵によるものであり、キュレーション2.0が市民権を得る日も近いのではないか?

しばらく話し合った後「いっぱいアーティストを抱えるようになったら、専用のウェブで、興味のある人たちに作品に投票をしてもらって、その結果の上位作品を展示するとかも面白そうですよね?」と聞いてみると「でも最終的なフィルターはオレだし、そこが価値だから、点数とかっていうのは好きじゃないなぁ」と一瞬で切り返される

もちろん八木沢さんの眼鏡にかなったのだけを本戦という形で投票のレースに載せるという意味で言ったのだが、まぁそんなことはどうでもいい
彼のキュレーターとしての信念みたいなものをガツンと感じることが出来たし満足だ
こういうパワーが時代を引っ張っていくものだと思っている
信念や狂気、怒り(ココでは関係ない)が大きなパワーを生むのだ

よいしょする訳ではないが、若さと熱さを兼ね備えた八木沢さんからはしばらく目が離せない
要チェックだ
負けてはいられないが、彼の活動には大きな興味を抱いている

一緒になって面白いことができたら更に最高だ
どうでしょうか八木沢さん?笑

東京都新宿区西落合4-3-1 フジビル3Fでの夕

30分ほどお喋りをして刺激を貰った後の空は綺麗だった

次に彼に会うのは7月の中旬に新宿にオープンするというバーでだろう
それも激しく楽しみだ


「Toshiki Yagisawa Selection Ver.1.0」展

2007/05/20

リアルのためのフィクション展

東京国立近代美術館に行ってきた

場所はココ↓


東京国立近代美術館

本展で紹介する4人のアーティスト―イケムラレイコ、ソフィ・カル、やなぎみわ、塩田千春―は、扱う素材も、「リアル」なものに迫ろうとするアプローチの仕方も、さまざまですが、彼女たちはみな、ある種のフィクション(虚構)をしつらえて、それを通して逆説的に、私たちに「リアル」なものの扉を開く鍵を示しているようにみえます。リアルのためのフィクション。彼女たちが静かにあるいは饒舌に語りかける物語は、あなたの「リアル」を感じる力を揺り動かすことでしょう。

にある通り、4人の現代アーティストの展示

1時間ぐらいこの展示を見ていたが、45分はやなぎみわに使われた



この作品を見たときのメモ
もう一つの展示作品とは、違った意味で対比を成している作品。光と闇、ハイトーンの赤と暗い赤、希望と絶望。左の作品では花、右の作品では女がどのような意図でそれぞれ陳列されているのかは分からないが、ダークな花とポップな女の比較には、なにやらパワーを感じる。物体として記号としての女が、この写真においてどのような役割をはたしているのだろうか、画一的で均質的な女たちが、並べられ、捨てられる。消費社会の闇を一方では明るく、一方では暗く暗示しているような作品だ。

また、彼女はもう1つ、作品を出展していた
そのメモ
写真と写真の間までdesignされているような印象を受ける。完全な補色関係ではないが、赤(くすんだ紫のような赤)と、青(緑と混じってはいるが澄んだ青)のコントラストの中に、上手く白が配置され生かされている。女の白。ライトの白。そして、写真の間にある白い壁。そこまで考えて撮られているとすると恐ろしい。サークルがモーチーフにされているように感じるのは気のせいだろうか?

とても妖艶なチカラをもった写真で、完全に時間を忘れて没頭させられた
おススメ

次にイケムラレイコの作品



私は基本的には、タイトルを作品よりも先に見ることはしない
タイトルをつけるところまでが作品作りじゃないか?と怒られてしまいそうだが、まずは、無心で作品と向き合い、あれこれ考え、最後にタイトルを見るという流れが基本である

彼女の作品を見てのメモ
女の子が菜の花の上で寝ているのだろうか?それとも、人形が黄色のシーツの上に捨てられているのだろうか?いや、見方によっては老婆にすら見える。ん?もしかして、この被写体は腕が途中でなくなっている?爪のようにも見えるが切断されているようにも見える。何故うつ伏せなのだろうか?捨てられて泣いているのだろうか?そもそも、これはトルソーかもしれない?想像を掻き立てるキーワードは、黒い顔だろうか。その見えない顔を補完しようと、脳が活発になり思いを馳せるのだろう。

本当に色々なことを考えさせられた
そして改めて、芸術作品との対峙においてこの思いを馳せるという時間が私は一番好きだということを感じる
芸術と触れ合うということは、まさにこの瞬間のことを言うのではないだろうか?

一体どんなタイトルがこの作品につけられているのかと、心を弾ませて見てみると、「横たわる少女」こう記してあった

この作品の鑑賞に関しては、持論に分があるように思う
先にタイトルを見てしまったら、メモにあったような考えは出てこなかっただろう


4人のうち2人が写真を表現に使っている点は面白い
というのも、私は写真における社会の切り取りが、リアルに限りなく近い(ように見える)虚構であると感じているからだ

欲しい絵になるまで、何枚も撮っては消してを繰り返すことを可能にしたデジカメ
撮り終わった写真の構図の再構成を、切り貼りによって可能にするフォトショップ

もはやカメラの持つ真実味というものは、テクノロジーの進歩によって、大きく揺らいでいる
芸能人の男女がたまたま親しく喋ってる写真を、人々は熱愛発覚だの最高のカップルだのはやし立てる

写真に対する信憑性は、カメラの進歩に置いてけぼりをくい、作り込まれた情報を人々はいつまでも真実だと信じている

フィクションによる(によって提供される)リアルだ

何でも作りこめる今だからこそ、私たちは選球眼を鍛えなくてはいけない
フィクションに踊らされるのではなく、フィクションによって味付けされたリアルを楽しく生きよう

フィクション>リアルからフィクション<リアルへ

情報の渦はこれからも肥大化する一方であり、この2007年という時代にこの展示を行う意味というものの重要性は大きい

「リアルのためのフィクション」展

Art Award Tokyo2007

行幸地下ギャラリーで行われているArt Award Tokyo2007を見てきた

会場は丸ビルと新丸ビルの間にある地下通路

大体の地図はココ↓


会場についてまず最初に感じたのが、展示スペースとしての設計がなっていないということ
確かに地下通路ということを考えると十分な明るさや十分なスペースという条件があるだろう
しかし、コンビニのような明かりをガラスが反射して、展示の作品が十分に鑑賞できない点は残念に思う

値段の張る凄い額縁に、例えば幼稚園児の描いた絵を入れたとして、それは藝術作品に見えてしまうものだ
それはつまり、いくら作品自体が魅力的だとしても、その展示の環境が劣悪であればその作品自体の完成度というものは半減してしまうということでもある

行幸地下ギャラリー

反射はもちろんのこと、作品の前でガラスが切れてしまうこともマイナス評価

Art Award Tokyo、劣悪な展示環境

そんな作品を見る集中力を欠いている中、一つの作品の前で足が止まる

Art Award Tokyo展示作品

馬場晋作という方の作品

ステンレスをカンバスに油絵で作品を描いているのだが、見る側が作品に映りこんでしまうことまでも作品の範疇にしているかのようだ
ガラスに反射する光、僕、他の作品、そういうものを飲み込むパワーのようなものを感じた

この桜を描いたものの他に、シャンデリアを描いているものも、ゴージャスな感じが出ていて好きだ

また、映像のため写真は撮らなかったがAIMASの人が出品していたものは面白い
ネタバレになってしまうから言わないが、会場に足を運んでナマで見てもらいたい

以下、何となく惹かれて撮った作品

Art Award Tokyo大賞作品

Art Award Tokyo展示作品

DSC_4313

見に行って思ったことは、やっぱり芸術活動は素晴らしいなぁっていうことの再認識と、作品を展示するスペースの増加でアートがより身近なものになってきているなぁということだ

より消費されるものとしての側面が強くなったなどの意見はあるだろうが、芸術鑑賞の間口が広がることには素直に嬉しい 全体的な底上げになる

一方で、このような現象は都心部にだけ起きているムーブメントの気もする
都会と田舎の藝術への興味の差といものは非常に深刻だ

直島の地中美術館や水戸美術館のように、藝術を地方の財源として活用する流れこそが、その都市と田舎の差を縮めるための良いヒントではないか

と、まぁblogを新しくしてての記事で、熱く語ってますが 笑
無料だし、新名物の新丸ビルにお越しの際は、ちと寄ってみてはいかがでしょう


行幸地下通路の掲示板

電光掲示板の字がピンクだったから、感動のあまりシャッターをきってしまいました

『アート アワード トーキョー 2007』